起源論
いままで語られてきたいろんな共同幻想論の生み出すものが国家なのだから、最後はやっぱり国家の起源。
国家というのは、村なんかの小さな、目に見える親しみのあるレベルのその上を行く共同体で、残された証拠が少ないためにはっきりと断言できないというのが結論の様子。
禁制などがはっきりと決まった頃にはそこには国家があったという風に考えても不自然ではないという程度しか言えない。
あとは大陸との交流などの証拠から起源を探ろうとしているけれど、「国家としてどれくらいの段階にあるか」が述べられているくらいで、たとえば「古事記」に書かれていることと比べてみても、「古事記」が書かれた当時にどれだけ正しい情報がありどれだけ脚色されたかは断言できない。
共同幻想論を読んで
年末が間に入って長くなっちゃいましたね...
やっと終了です。
こんなにも、形もなくて証拠もない厄介な観念に対して延々と考えているその姿勢にまず驚かされました。
吉本さんは考えすぎて満足できない、みたいな文章も解題にあって、そのとおり…
この本でも、いろんな論が「結論がなく」次から次へと出てきているので、きっとこの人の頭の中もこんな感じなんだろうなと思わされる。
新版では幸いにも、初めてタイトルを聞いたような若者でもわかりやすく読めるように、と一応気にしているらしいので私なんかにもわかるように書かれている。
が、解題にあるように、これだけ考えるために考えるような人はまだ後世出てきていないし、批判は簡単だけど、この上を行く、すべてにおいて共通するものがあるはずだ、というアイデアのもとに生まれる一般論文はそう簡単に出てこないと思う。
そんなこと言っても、結局のところ誰もが毎日食べていくために働くんだよ、と言い切ればそれまでだけど、それでも「意義」を考える余裕があることは大事だと思う。