赤パン帳 (ΘェΘ)

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共同幻想論 罪責論

罪責論
神話は「神秘的共存の段階が続いている限り…数に於いて乏しく、質に於いて貧弱である(p198)
つまり神話は、生活が神秘的でなくなってから語り継がれるので、共同幻想を掘り下げるのに都合がよくても歴史を語る上では実は役に立たない、と。
アマテラスの弟スサノオは、父を怒らせたため罪を負うことになるが、農耕民族の祖形であるスサノオの罪は日本の宗教上での現在となる。
父に反対し、母のもとに行きたいというスサノオの願いは違う角度でみると、母系が象徴する農耕世界を自ら選んだ、そして「倫理」を手に入れた大事なエピソードでもある。
これはオディプス・コンプレックスと同じようなもので、父に反することで倫理を手に入れたはいいけど、やっぱり対抗することは罪で、それを背負って生きていくことになるんですね。
自然な親離れをする前に独立することは大きな責任を負うことで、まあそれによって倫理をつかみ取るんだから大きな魚を狙ったらリスクが大きいのも当たり前、というかんじ?
私自身の感覚では、別に何の意識もしていなかった、別に何の事件もなかったある日を境にふと親を一人の人間としてみることができるようになったんですが、そこから自分自身に対する気持ちも変わってきて、それが一般的に言う親離れなのかなと振り返って思うようになりました。
その何年も前から親とは離れて暮らしていたし別に実際は何も変わってないし、会えば甘えているんですけどね、そんなもんですね。

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